夜に届いた「面白そうだね」
昼休みにした投資の話は、たぶん投資の話としては不正解だった。
「どうやって銘柄選んでるの?」と聞かれて、私はうまく答えられなかった。チャートも決算もニュースも、どれも自信を持って「これです」と言えない。だから、口から出たのは街の話だった。
「この店いつも混んでるな」とか、「ここ、前より人増えたな」とか。専門用語はひとつもない。ただ、自分が面白がって見ている世界の話。
あれでよかったのかな、と少しだけ不安を抱えたまま、その日は夜になった。
家に帰って、コーヒーを淹れて、スマホを眺めていたとき。ピロン、と通知が鳴った。昼に話していた同僚から、珍しく個別のメッセージだった。
「さっきの話さ」
胸が小さく跳ねた。変なこと言ったかな。やっぱり重かったかな。そう思いながら開くと、そこにはひと言だけ。
「なんか、面白そうだね」

投資の感想に、初めて出会った言葉
面白そう。
投資の話をして、そんな感想をもらったのは初めてだった。
「儲かるの?」とか、「怖くない?」とか、「難しそう」なら聞き慣れている。投資って、だいたいその三択で終わる。だから私は、思わず聞き返してしまった。
「え、どのへんがですか?」
少しして返ってきた返事は、意外とやさしかった。
「株って数字の話だと思ってたけど、街を見るって感覚がちょっと楽しそうで」
その文章を読んだ瞬間、胸の奥がじんわり温かくなった。ああ、私は投資を語ったつもりで、実は世界の見方を話していたんだ。
勝ち方は語れない。自慢できる成績もない。再現性なんてもっとない。でも、街の行列を見て「なんでだろう」と考えたり、看板が増えた店を見て「勢いあるな」と感じたりすることは、嘘じゃない。
それが「面白そう」と言われたのが、なんだか嬉しかった。
投資が、ひとりのものじゃなくなった瞬間
私はずっと、投資は孤独なものだと思っていた。
スマホの画面と、自分だけ。上がっても下がっても、結局その責任を取るのは自分。正解も不正解も、答え合わせの場所はいつもひとりの頭の中だった。
でも、その夜は違った。
自分が見ている世界の話が、誰かの好奇心を少しだけ動かした。投資が、勝ち負けの話ではなく、視点の話として伝わった。その事実が、静かに私の背中を押した。
湯気の立つマグカップを見ながら、私は少し笑った。今日のコーヒーは、いつもより美味しかった。
「投資」って言うと、どうしても数字の説明が必要な気がしてしまう。PERとかEPSとか、そういう言葉が出てこないと話してはいけないような気がしてしまう。
でも、たぶん逆だった。
数字より先に、見え方がある。見え方が変わるから、数字の意味も変わる。私はその順番を、やっと自分の言葉で理解し始めていた。
コーヒーが冷める前に、残ったもの
「面白そうだね」
たったそれだけの言葉なのに、なぜこんなに残るんだろう。考えてみたら、私はずっと勝てる理由を求めていたのかもしれない。勝てる根拠、勝てる方法、勝てる人の答え。
でも今の私は、まだそこに辿り着けていない。だから焦って、言葉に詰まって、格好悪くなる。
それでも、視点なら語れる。
街を歩いて、混んでいる店に理由を探すこと。前より人が増えた場所に、変化の匂いを感じること。そうやって世界を眺めるのが好きだと言えること。

そしてそれは、誰かにとって「ちょっと楽しそう」に見えることがある。
投資は、お金の話でもあるけど、それだけじゃない。世界の見え方が変わる話でもある。自分の中だけで完結していたものが、誰かとの会話で少し形になっていく。
コーヒーが冷める前に、私はひとつだけ思った。
今日、私は負けも勝ちも語っていない。なのに、投資の話をしてよかったと思えている。
たぶんこれが、私の投資家になっていくってことなんだと思う。
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