【私の趣味のストーリー 29話深掘り】

私の趣味のストーリー 裏話

夜の静けさは、昼よりも残酷だった

夜の店は、昼よりも静かだった。

昼間はまだ、外を歩く人の足音や、遠くを走る車の音が、かすかに届いてくる。世界と細い糸でつながっている感覚が、まだ残っている。

けれど夜になると、その糸は簡単に切れた。

カウンターに並んだ湯呑み。磨き終えた包丁。誰も座らない椅子。

すべてが「待っている」ようでいて、同時に「もう諦めている」ようにも見えた。

灯りを消せば、すべて終わらせられた

灯りを落とせば、今日という一日は簡単に終わる。

誰にも見られていない。誰に責められることもない。暖簾を下ろし、鍵を閉め、「今日はダメだったな」と呟けば、それで済む。

逃げる理由はいくらでもあった。

三日連続で誰も来ない。四日目も、きっと同じだ。仕込みの材料は減り、家賃は待ってくれず、時間だけが確実に進んでいく。

現実は、派手に崩れない。ただ静かに、可能性を削っていく。

「趣味なんだから」という言葉が、一番刺さった

頭の中で、ある言葉が何度も繰り返された。

「趣味なんだから、無理する必要ないだろ」

たしかにそうだ。生活を賭けているわけじゃない。失敗しても、生きてはいける。

でも、その言葉が一番胸に刺さった。

趣味だからこそ、やめる理由にしてしまえば、すべてが簡単になかったことになる。

頑張った時間も、不安も、勇気を出して扉を開けたあの日も、全部が「やらなくてもよかった話」に変わってしまう。

怖かったのは、誰も来ないことじゃなかった

カウンターに腰を下ろし、私はしばらく動けずにいた。

誰も来ないことよりも、もっと怖いものがあった。

それは、この場所を「なかったこと」にしてしまうこと。

扉を開ける前の自分に戻り、何も始めなかった日常へ、何事もなかった顔で帰っていくこと。

失敗よりも、後悔よりも、それが一番怖かった。

理由は、ただ「やってみたかった」だけだった

店を始めた理由なんて、立派なものじゃない。

成功したかったわけでも、誰かに認められたかったわけでもない。

ただ、やってみたかった。

それだけだった。

その小さな衝動のために、ここまで来た。なら、誰も来ない夜に灯りを消してしまったら、その一歩を踏み出した自分を、自分自身が裏切ることになる。

誰のためでもなく、自分を置き去りにしないために

私は立ち上がり、店の奥のスイッチを見つめた。

指を伸ばせば、すぐに消える灯り。

でも、その手は止まった。

「……今日は、消さない」

誰かのためじゃない。明日の売上のためでもない。

ただ、今日ここに立った自分を、置き去りにしないために。

誰も来なかった夜が、私を少し強くした

暖簾は揺れなかった。扉が開くこともなかった。

それでも、店の灯りは夜の終わりまで点いたままだった。

帰り際、振り返った店内は相変わらず静かだった。

でも、不思議と昨日ほどの重さはなかった。

誰も来ない夜に、灯りを消さなかった。

それだけで、自分の中の何かが、少しだけ強くなった気がした。

続けることは、希望じゃなく覚悟だった

続けることは、希望じゃない。

「いつかうまくいく」という楽観でも、「頑張れば報われる」という幻想でもない。

続けることは、静かな覚悟だった。

誰も来ない日があると知った上で、それでも灯りを点けるという選択。

この店は、客が来た日よりも、誰も来なかった夜に、本当の意味で始まっていたのだと思う。

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