「面白そうだね」が、朝の景色を変えた
投資の話をして、「面白そうだね」と言われた夜。

あの一言が、想像以上に胸の奥に残っていた。
儲かるの?怖くない?難しそう。
そういう反応は、何度も見てきた。
でも「面白そう」は、今までほとんどなかった。
たぶん私は、株の話をしていたつもりで、株の話をしていなかった。
勝ち方でも、銘柄でも、チャートでもなく。
「世界の見方」を話していただけだった。
同じ通勤路なのに、目に入るものが増えた
翌朝、いつも通り家を出た。
駅までの道も、信号も、歩く速度も、昨日と同じはずなのに。
なぜか、その日は情報量が多かった。
新しく貼られた求人の紙。
開店準備中のカフェの匂い。
いつの間にか変わった看板の色。
前からあったのに見えていなかったものが、急に輪郭を持って現れる。
「街って、こんなに動いてたっけ」
そう思いながら歩いている自分に気づいて、少し笑ってしまった。
投資を始めて変わったのは、未来じゃなく今だった
投資って、未来を当てるゲームだと思っていた。
上がるか下がるか。
当たるか外れるか。
勝つか負けるか。
でも実際は違った。
投資を始めてから私がやるようになったのは、未来予測じゃない。
「今」をちゃんと見ることだった。
人が集まる場所。
行列ができる店。
値上げしても売れる商品。
消えていくもの、形を変えて戻ってくるもの。
数字の前に、空気がある。
チャートの前に、人の気分がある。
決算の前に、生活がある。
投資はお金の話に見えるけど、実は人間の話だった。
そのことに気づいてから、街はただの景色じゃなくなった。
言葉にした瞬間、視点は確信に変わる
そしてもう一つ。
投資を始めて変わったのは、街の見え方だけじゃない。
「共有」の感覚が生まれた。
今まで投資は、画面と自分だけのものだった。
正解も不正解も全部ひとり。
勝っても負けても、誰にも説明できないし、誰にも伝わらない。
でも、昨日は違った。
自分の中にあるふわっとした感覚を言葉にして、誰かに渡した。
そしたら、返ってきたのが「面白そうだね」だった。
その瞬間、投資は「孤独な趣味」から「誰かと共有できる視点」になった。
勝てる理由は語れないのに、見ている理由は語れる。
その違いが、私にとって大きかった。
街は宝箱のままだった。気づけるかどうかだけだった
会社に着く前、いつもの自販機でコーヒーを買った。
缶を開けて一口飲む。苦い。いつも通り。
でも胸の奥は、少し軽かった。
資産が増えたわけでもない。
勝っているわけでもない。
むしろ、負けた日だって普通にある。
それでも、今日の私は確かに思った。
街は、宝箱のままだった。
投資を始めたから宝箱になったんじゃない。
もともと宝箱だった街に、ようやく気づいただけ。

そして、誰かに話したことで、その宝箱はもう一度開いた。
私はたぶん、あの一言をもらうために、投資を続けてきたのかもしれない。
ラス前に、ひとつだけ
投資は怖い。
これは本当だ。減る時は減るし、心も削られる。
でも、投資がくれたものは「お金」だけじゃなかった。
世界を見る余白。
日常に問いを持つ癖。
そして、誰かの好奇心を動かせた夜。
明日、同じ道を歩いても、きっと私はまた何かを見つけてしまう。
その瞬間、街はまた宝箱になる。
……さて。最終話は、少しだけ深く書こうと思う。
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