【街で見かけたシリーズ 39話 深掘り】

街で見かけた企業シリーズ 深掘り

街で見かけたのは、シールの売り切れだった

最近、文房具屋をのぞくたびに「え、いまそれが?」と思うものが増えた。派手な新商品じゃなくて、むしろ昔からそこにあったはずのもの。なのに棚が空っぽで、代わりに「入荷未定」みたいな札だけが残っている。

その代表が、ボンボンドロップシールだった。ぷっくりした透明感、光に当てるとツヤっとするあの感じ。子どもの頃に一度は憧れた人、多いと思う。シール帳の1ページを宝物入れみたいにして、貼るのがもったいなくて眺めるだけの日もあった。

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驚いたのは、流行っているのが子どもだけじゃないこと。店員さんの話では、大人が買いに来ることも増えているらしい。シール帳を持ち歩いて、年代関係なく交換している人もいるとか。小学生の頃の遊びが、そのまま大人の世界に復活している感覚があった。

値札を見て、時代が変わったことを知る

そして、いちばん衝撃だったのは値段だった。体感では100円とか200円の世界だったのに、いまは1枚で1000円近いものもあるらしい。ネットでも売り切れ続出、と聞いてさらにびっくりした。

でも、ここが面白いところで。「高いから売れない」じゃなくて、「高くても欲しい」になっている。買っているのはシールそのものというより、あの頃のワクワクとか、買ってもらえなかった悔しさとか、手のひらサイズの記憶なのかもしれない。

子どもは今の流行として楽しんでいて、大人は昔の自分を取り戻すように手に取っている。たぶん、同じシールを見ているのに、買っている中身がちょっと違う。そこに、今の街の空気がある気がした。

同じ匂いがするフィルム型デジカメを見つけた

少し前に、別の場所でも似た違和感に出会った。フィルムカメラみたいな見た目のデジタルカメラだ。外観は完全に「写ルンです」っぽいのに、撮った写真はデータで取り込める。便利なはずなのに、わざと画質が荒かったり、光がにじんだりする。

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最新スマホみたいに完璧に綺麗には撮れない。むしろ逆で、ちゃんと撮れないところが魅力になっている。パキッとしない、少し曖昧で、ちょっとだけ失敗っぽい。その空気が「記憶っぽさ」になって、写真の中に残る。

商品ページを見ると、購入数が伸びている。高性能でも、効率でもない。なのに、惹かれてしまう人がいる。ボンボンドロップシールと同じ匂いがした。

いま人気なのは、モノじゃなく「懐かしさ」なのかもしれない

ボンボンドロップシールも、フィルム型デジカメも、共通点がある。新しくない。効率的じゃない。むしろ不便。でも、だからこそ手を伸ばしたくなる。

たぶん私たちは今、「新しいもの」よりも「懐かしさに触れる時間」を求めている。忙しすぎる毎日の中で、ちょっとだけ立ち止まれる感覚。理由もなく楽しかった時間。そこへ戻るための入口が、シールやカメラみたいな小さな道具になっている。

そして面白いのは、流行が直線じゃないこと。一度消えたものが、形を変えて戻ってくる。しかも、値段まで変えて。あの頃は子どもが買えなかったものが、いまは大人が買う。時代はちゃんと進んでいるのに、感情だけは円を描いて戻ってくる。

街は今日も、静かに懐かしさを売っている

街を歩いていると、流行はいつも「人の気持ち」から始まっているのが見える。便利だから流行る、安いから流行る、だけじゃない。買っているのは、体験や記憶や、安心できる感覚だったりする。

ボンボンドロップシールが売り切れているのも、レトロカメラがじわっと人気なのも、きっと同じ理由だ。私たちは懐かしさを消費しているんじゃなくて、懐かしさで自分を回復させている。

ちなみに今、ボンボンドロップシールもレトロカメラも、店舗ではなかなか見かけないことが多いらしい。気になる人は在庫が変動する前提で、ネットで覗いてみるのもありかもしれない。

昔買えなかったものを、いま買ってしまう。浪費に見えて、たぶんそれは自分の記憶ともう一度つながる行為だ。今日も街は、静かに懐かしさを売っている。そしてそれに、私たちは案外やさしく救われている。

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