
「助けて」が言えなかった理由は、弱さじゃなく癖だった
海外で「Are you okay?」と声をかけられた日。
私は、うまく笑えなかった。体調が悪いわけじゃないのに、胸の奥が重くて、何も手につかない。
日本にいた頃なら、こういう日はよくあった。理由は説明できない。でも、しんどい。
それでも私は、反射で「大丈夫です」と言う人間だった。
大丈夫じゃないときほど、大丈夫と言う。
それは「強さ」じゃなく、ただの癖だったんだと思う。
「助けて」は敗北宣言だと思い込んでいた
日本にいた頃の私は、「助けて」と言うことをどこかで恐れていた。

言ったら迷惑になる。弱いと思われる。自分で何とかできない人だと見られる。
誰かに言われたわけじゃないのに、勝手にそう決めていた。
だから私は、助けを求める前に、自分を叱っていた。
「まだ頑張れる」「もっと我慢できる」「これくらいで弱音を吐くな」
そうやって踏ん張り続けて、結果的に、限界を越えてから壊れてきた。
そして壊れたあとも、また「大丈夫です」と言う。
自分の中で助けてを言うハードルが、どんどん高くなっていった。
海外の「大丈夫?」は、答えを迫らない合図だった
海外で受け取った「Are you okay?」は、少し違っていた。
答えを急かさない。理由を聞かない。正しさを求めない。
「元気じゃないなら、それでいい」
その距離感が、最初は戸惑った。でも、後からじわじわ効いてきた。
助ける前に、否定しない。
無理に解決しようとしない。
「あなたの状態に気づいてるよ」という、静かなサイン。
それが、あの日の私には必要だった。
「助けて」は、誰かのためじゃなく自分を認める言葉だった
私はずっと、「助けて」を他人に負担をかける言葉だと思っていた。
でも本当は違った。
「今の自分はしんどい」
それを、まず自分が認めるための言葉だった。
助けて、は甘えじゃない。責任放棄でもない。敗北宣言でもない。
むしろ、壊れないための選択だ。
壊れてから「助けて」と言うのは、本当に難しい。言葉が出ない。心が動かない。
だから、壊れる前に言えるほうが、よっぽど健全なんだと思う。
「強くなる」より「壊れない」を優先していい
海外に来て、私は少しずつ学んだ。
人は助けを求めても、価値を失わない。
弱さを見せても、尊厳は減らない。
むしろ、そうやって人はつながっていく。
私はその夜、久しぶりに、何も考えず眠れた。
完璧じゃないまま。大丈夫じゃない部分を抱えたまま。
それでも世界は、私を追い出さなかった。
たぶんこれが、「生き直す」ってことなんだと思う。
強くなり直すんじゃない。
弱いままでも、ちゃんと生きていく。
その許可を、自分に出すこと。
次回は「NOと言えなかった私」が境界線を引く話へ
優しさと我慢は違う。
合わせることと尊重は違う。
次は、海外生活の中で初めて「断る」瞬間を書くつもり。
「NO」と言ったら嫌われる。空気が壊れる。関係が終わる。
そう思っていた私が、断っても世界が壊れなかった日。
ここから回復は、もっと現実的になる。




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