【ストレスで潰されかけた私 海外編 11話深掘り】

ストレスで潰されそうになったシリーズ 海外編

「強くなったはずなのに、しんどい」って日が来る

海外に来てから、少しずつ「NO」が言えるようになった。
無理なお願いを断って、疲れてる日は休んで、できないことは「できない」と言う。

たったそれだけなのに、呼吸がラクになった。
昔の自分なら、相手の機嫌を守るために、自分の体力を差し出してたと思う。

でもね。
ここで終わりじゃなかった。

強くなったつもりでいた分だけ、
「次の壁」が来るのも早かった。

それは、めちゃくちゃ地味で、でも心に刺さる壁。

「強くなったはずなのに、しんどい」
「断れるようになったのに、なんか孤独」

この矛盾って、実際に味わうとけっこうキツい。

優しさと距離感って、バランスがズレると一瞬で冷たくなる

前回の話で、私は「踏み込みすぎない」を選んだ。
相手の事情に踏み込みすぎない。無理に救おうとしない。

それ自体は、悪いことじゃない。
むしろ必要な線引きだと思う。

だけど、線引きが逃げに変わる瞬間がある。

相手がしんどそうなのに、
「踏み込まないのが大人」みたいな顔して
見て見ぬふりをする。

私がやってたの、これだった。

相手を尊重してるようで、
実は「自分が傷つきたくない」だけ。

この気づきって、地味に痛い。
優しさって、正しいと思った行動の中に、こういうズレが混ざる。

「弱ってるなら、弱ってるって言っていい」その一言が刺さった

そんな日があった。

仕事がバタついて、ミスして、気持ちが追いつかなくて、
自分でも分かるくらい余裕がなかった。

でも、私は何も言わなかった。
いつも通り「大丈夫」を貼り付けて、いつも通り笑って、
いつも通り、一人で処理しようとした。

そこで同僚が、ぽつっと言った。

「今日、無理してるよね?」

この言葉って、優しいようで、めちゃくちゃ怖い。
見抜かれた感じがするから。
そして私は反射で「そんなことないよ」って言いそうになった。

でも、もう無理だった。

言い訳する元気も、強がる体力も残ってなかった。

少し沈黙したら、その人が続けて言った。

「弱ってるなら、弱ってるって言っていいんだよ」

この一言で、胸の奥がほどけた。
何かが崩れたっていうより、「緊張が解けた」感じに近い。

私は、ずっと弱らない人になろうとしてたんだなって思った。

「頼る」って、誰かに乗っかることじゃなくて、ちゃんと生きるための動作

頼るって、難しい。

特に海外にいると、頼り方が分からない。
言葉も文化も違って、うまく伝えられない怖さがある。

でも、それ以上に厄介だったのは、
私の中にある「頼ったら終わり」みたいな感覚だった。

頼る=迷惑
頼る=弱さ
頼る=評価が下がる

たぶん昔から、そう思い込んでた。

だけど現実は逆で、
弱ってるのに黙る方が、周りを困らせることもある。

元気なふりをして、突然崩れる。
限界まで我慢して、急に冷たくなる。
余裕がないのに抱え込んで、人を避ける。

これ、私がやってきたやつ。

「頼れない」は美徳じゃなくて、癖だ。
そして癖は、放っておくと人間関係を静かに壊す。

「大丈夫」って言葉は便利だけど、自分を置き去りにする

日本にいたときも、よく言ってた。
「大丈夫です」「平気です」「問題ないです」

でもこれ、便利すぎるんだよね。
周りを安心させられるし、会話が早く終わるし、自分も強く見える。

ただ、その分だけ自分が置き去りになる。

心の中では「しんどい」って叫んでるのに、
口では「大丈夫」を言ってる。

このズレが続くと、感覚が麻痺する。
「しんどい」って自分で気づけなくなる。

だから、私は最近こう思う。

「大丈夫」って言う前に、
一回だけ、自分に聞いてみよう。

本当に大丈夫?
今、何がしんどい?
何を減らせばラクになる?

これをやるだけで、たぶん崩れ方が変わる。

弱っていい。弱ってるって言っていい。それは前に進む準備だった

その日、私は小さく言った。

「…ちょっと、しんどいです」

たったこれだけ。
泣いたわけでもないし、長い相談をしたわけでもない。

でも不思議と、恥ずかしさがなかった。
情けないとも思わなかった。

むしろ、「やっと正直になれた」って感覚があった。

同僚は、こう返してくれた。

「言ってくれてありがとう」

助けてくれたわけでも、解決してくれたわけでもない。
だけど、否定されなかったことが救いだった。

弱ってもいい。
頼ってもいい。
立ち止まってもいい。

それを許せると、たぶん人は少しだけ回復する。

まとめ:優しさは、強さじゃなくて逃げない距離から生まれる

強くなろうとするのは悪くない。
でも「強くあり続ける」って、たぶん無理だ。

人は弱る。
波がある。
疲れる。

その当たり前を無視した瞬間、
優しさは歪むし、距離感もズレる。

踏み込みすぎない。
でも放っておかない。

助けすぎない。
でも無視しない。

その間に立つのは簡単じゃないけど、
少なくとも私は「逃げない選択」をしたい。

弱ってるなら、弱ってるって言っていい。
あの日の一言を、私は自分にも言えるようになりたい。

よかったら、あなたの「弱ってるサイン」も教えて

ここまで読んでくれた人に聞きたい。

あなたは、どんな時に「もう無理かも」って気づく?
そして、その時に誰かに言える?

もしよかったら、コメントで教えて。
自分の弱さを言葉にできた瞬間って、
それだけで少し回復が始まる気がするから。

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