【ストレスで潰されかけた私 海外編 12話深掘り】

ストレスで潰されそうになったシリーズ 海外編

助けてって言えなかった理由は、性格じゃなかった

「もっと周りを頼っていいんだよ」

これ、たぶん人生で100回は言われてきた。

分かってる。
頭では、ほんとに分かってる。

頼った方が早いこともあるし、
ひとりで抱えると余計にこじれることもある。

でも、いざ苦しくなると、
口から出てくるのは決まってこうだ。

「大丈夫です」
「平気です」
「なんとかなります」

たぶんこれ、性格の問題じゃない。
クセなんだと思う。

そして、クセには必ず理由がある。

「頼ったのに、否定された」記憶が残っている

昔、どうしても抱えきれない出来事があった。
人生の中で「これは無理だ」と思うくらい、心が弱っていた。

そのとき僕は、珍しく誰かに頼った。
怖かったけど、勇気を出した。

「ちょっとしんどい」
「助けてほしい」

言葉にした瞬間、
救われると思っていた。

でも返ってきたのは、優しさじゃなかった。

「それくらい、みんな我慢してるよ」
「気にしすぎじゃない?」
「自分でなんとかできるでしょ」

たぶん相手は、悪気はなかった。
励ますつもりだったのかもしれない。

でも当時の僕は、
その言葉を「却下」に聞いてしまった。

頼った自分が、間違いだったみたいに感じた。

その日から僕の中に、
ひとつの学習が残った。

「助けてって言っても、分かってもらえないことがある」
「だったら、言わない方が傷つかない」

この学習、想像以上に根が深い。

頼れない人は、強いんじゃなくて「怖い」だけ

頼れない人って、外から見ると強そうに見える。

自分で抱えて、
自分で処理して、
弱音も吐かずに進む。

でも内側は、たぶん真逆だ。

「否定されるのが怖い」
「迷惑って思われるのが怖い」
「面倒なやつって思われるのが怖い」

怖いから、言えない。

強がりというより、
防衛反応に近い。

だから「頼っていいよ」と言われても、
体が先に拒否しちゃう。

言うほど簡単じゃない。

海外に来てから、頼るハードルはさらに上がった

海外って、ただでさえエネルギーを使う。

言葉の壁、文化の違い、テンポの違い。
分からないことがあるのが当たり前なのに、
分からないことを聞くのにも勇気がいる。

「こんな初歩的なこと聞いたら恥ずかしいかな」
「英語でうまく説明できなかったらどうしよう」
「相手が忙しそうだったらやめとこう」

気づけば、
助けてからどんどん遠ざかる。

そしていつもの結論に着地する。

「自分でなんとかするか」

海外編のストレスって、
こういう小さい我慢の積み重ねが多い。

大きな事件より、
小さい疲労が静かに蓄積していく。

「助けて」は、弱さじゃなくて自分を守る言葉

最近ようやく思う。

「助けて」って、甘えじゃない。
自分の限界をちゃんと扱うための言葉だ。

体調が悪いときに「休む」のと同じ。
メンタルが弱ってるときに「言う」だけ。

むしろ言えない方が危ない。

限界を越えてから倒れるって、
一番コスパが悪い。

仕事も、生活も、メンタルも、全部。

助けてって言える人は、
甘い人じゃなくて、
自分の扱いが上手い人なんだと思う。

怖いままでもいい。頼る練習は、少しずつでいい

じゃあ今日から突然、頼れるようになるかというと、
ならない。

クセって、そんな簡単には変わらない。

でも、練習はできる。

たとえば、いきなり「助けて」は無理でも、
まずはこのレベルからでいい。

「ちょっと確認してもいい?」
「これ、合ってる?」
「少しだけ相談していい?」

小さい頼り方を増やしていく。

頼った結果、否定されない経験を積んでいく。

そうすると、
少しずつ心が学び直す。

「頼っても大丈夫な場所はある」
「分かってくれる人はいる」

この再学習が、たぶん人生を楽にする。

次回予告:頼るって、甘えなの?

頼ることに、
どこか罪悪感を感じてしまう僕へ。

甘えと頼るの違いが、
少しだけ分かった日の話を書きます。

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