前より少し、自分にやさしくなれた
ストレスで潰されかけていた頃、私はずっと自分に厳しかった。
失敗したら、自分を責める。
うまく話せなかったら、自分を責める。
相手の反応が少しでも悪く見えたら、また自分を責める。
今思うと、心が休まる時間がほとんどなかった。
でも海外に来てから、少しずつ変わってきた。
前なら責めていた自分を、今は少しだけ許せるようになった。
これは大きな変化ではないかもしれない。
でも、私にとってはかなり大きな回復だった。
失敗しても、自分の価値までは下がらない
以前の私は、何か失敗すると、すぐに自分の価値まで否定していた。
英語が聞き取れなかった。
うまく返せなかった。
タイミングを間違えた。
そんな小さな出来事でも、頭の中ではすぐに、
「やっぱり自分はダメなんだ」
という結論に向かっていた。
でも本当は、失敗と自分の価値は別のものだった。
聞き取れなかった日は、ただ聞き取れなかった日。
うまく話せなかった日は、ただうまく話せなかった日。
それだけで、自分という人間全部がダメになるわけではない。
そんな当たり前のことに、私はかなり時間をかけて気づいた。
海外で見た完璧じゃない人たち
海外に来て驚いたのは、みんなが思っていたよりも自然体だったことだ。
疲れている日は、普通に疲れている顔をする。
分からない時は、聞き返す。
間違えても、必要以上に引きずらない。
最初は、その空気に少し戸惑った。
でも、だんだん救われるようになった。
人って、そんなに完璧じゃなくてもいいんだ。
ちゃんとしていない日があっても、普通にそこにいていいんだ。
そう思えるようになってから、自分への責め方が少しずつ弱くなっていった。
ちゃんとしてる自分を演じ続けていた

ストレスで苦しかった頃の私は、ずっとちゃんとしてる自分を演じていた気がする。
感じよく返事をする。
空気を読む。
迷惑をかけない。
嫌われないようにする。
相手の機嫌を先回りして考える。
それが大人として正しいことだと思っていた。
でも、そのちゃんとを積み重ねるたびに、自分の心は少しずつ削れていった。
誰かに怒られたわけでもない。
大きな失敗をしたわけでもない。
それでも疲れていたのは、自分で自分をずっと監視していたからかもしれない。
自分に聞くようになった「本当はどうしたい?」
最近、少しだけ自分に聞くようになったことがある。
「今、本当はどうしたい?」
疲れているなら、少し休みたい。
無理なら、今日は無理だと思いたい。
楽しいなら、ちゃんと楽しみたい。
昔の私は、そういう自分の本音を後回しにしていた。
でも今は、少しずつ拾えるようになってきた。

もちろん、いつでも出来るわけではない。
今でも我慢してしまう日はある。
無理して笑ってしまう日もある。
それでも、前より少しだけ、自分の声を聞こうとする時間が増えた。
回復は、劇的な変化じゃなかった
立ち直るというと、急に強くなることのように思っていた。
ある日突然、何も気にしなくなる。
過去の傷が消える。
自信満々になる。
でも実際は、そんなものではなかった。
回復は、もっと小さかった。
前なら一日中引きずっていた失敗を、少し早く手放せる。
前なら全部自分のせいにしていたことを、「今日は仕方ない」と思える。
前なら無理して笑っていた場面で、少しだけ黙っていられる。
そんな小さな変化の積み重ねだった。
でも、その小ささが大事だった。
大きく変わらなくても、少しずつ責める回数が減っていく。
それだけで、人はかなり息がしやすくなる。
自分にやさしくすることは、甘えじゃない
昔の私は、自分にやさしくすることを甘えだと思っていた。
もっと頑張らなきゃ。
もっと我慢しなきゃ。
もっとちゃんとしなきゃ。
そう思って、自分を追い込んでいた。
でも今は少し違う。
自分にやさしくすることは、逃げることではない。
長く歩くために、自分を壊さないようにすることだと思う。
無理をし続ければ、一時的には進めるかもしれない。
でも、どこかで心が動かなくなる。
だからこそ、自分にやさしくすることは大事なんだと思う。
少し責めなくなれた、それだけで十分だった
今でも完璧ではない。
落ち込む日はある。
考えすぎる日もある。
また自分を責めそうになる日もある。
でも以前と違うのは、そのまま全部を否定しなくなったことだ。
「今日はそういう日だった」
「少し疲れていたのかもしれない」
「次はもう少し違うやり方をしてみよう」
そんなふうに、少しだけ言葉を変えられるようになった。
たったそれだけ。
でも、たったそれだけで、心は少し軽くなった。
まとめ
前より少し、自分にやさしくなれた。
それは、誰かから見たら小さな変化かもしれない。
でも、ストレスで潰されかけていた自分にとっては、とても大きな変化だった。
失敗しても、自分の価値までは下がらない。
完璧じゃない日があっても、そこにいていい。
ちゃんと出来ない自分を、少しだけ許してもいい。
そう思えるようになってから、少しずつ息がしやすくなった。
回復って、強くなることではなく、自分を責める回数が少しずつ減っていくことなのかもしれない。



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